ページ内移動リンク

くまもとの風合い
くまもと手しごと研究所

導入事例紹介

贈るストーリー、
もらうストーリー。

~手すき和紙の表彰状や卒業証書~

浮浪雲工房  金刺潤平 様

文房具店では龍が紙面を取り囲んだ絵柄の表彰状用紙を売っています。子供のころ、そのような台紙に刷られた表彰状や卒業証書をもらった方は多いのではないでしょうか。
一方、近年では企業や組織の考え方を形にしたオリジナルデザインの表彰状などが増えてきました。くまもと手仕事ごよみ推進事業でも、優れた投稿を頂いたキュレーターの方にお渡しする賞状は県内で漉かれた和紙を利用しています。今回はその和紙を漉いていただいた水俣の浮浪雲(はぐれぐも)工房の金刺順平(かなさしじゅんぺい)様にお話をうかがってきました。

※金刺潤平様:以下 金刺 くまもと手しごと研究所:以下 事務局

紙漉きのきっかけは石牟礼道子さん

事務局:
和紙を作りはじめて何年ほどになりますでしょうか。
金 刺:

1984年からですから、もう37年ほどになります。
胎児性水俣病の方々とできる仕事がないかと探していたのですが、そんな折に故・石牟礼道子さんから和紙作りはどうかと示唆をもらいました。
そこで、お寺の開基400年の法会(ほうえ)の際に撒かれていた散華の作り方を習ったり、宮地和紙の宮田博氏、八女和紙の松尾成幸氏に手ほどきを受けて皆で取り組み始めました。
その後、作家の故・水上勉氏から「足元の素材に魂を吹き込め」と言葉を頂いたことで竹という素材との出会いがあり、1988年には技術を高めるために高知県立紙産業技術センターの方にもお世話になり、紙漉きの理想と実践を学び天然性の可能性を開いていくことができました。
一緒に働いてくれた胎児性水俣病の皆さんは、当初「2か月しか持たん」といわれましたが、5年10年と皆さんに紙漉きを続けてもらうことができたのは本当に良かったと思います。
様々な事情により皆さんは工房を去られ、そのあとは夫婦二人で紙漉きと草木染の工房を続けています。

袋小学校・和紙の卒業証書ができたわけ

事務局:
地元の袋小学校の卒業証書の紙漉きはどのようにして始まったのですか。
金 刺:

もう22年前(1999年)のことになりますが、ある日小学生のお母さんが訪ねてこられました。
話を伺うと、今は親のいうことをよく聞くけれども、中学生になると自立していくと。だから親と子が一緒に何かをできる最後の思い出として卒業証書台紙を和紙で作り、親子で一緒に漉くということはできないだろうかという相談でした。
そこで皆さんと一緒に卒業証書台紙づくりに取り組んだわけです。
望外のことでしたが、いざ卒業式の日、その卒業証書を持って帰ったそれぞれの家庭で、おじいちゃん、おばあちゃんがとても喜んだという事でした。
1年目はそうして学年行事として行われたのですが、そのあとそれが学校行事となって今に続いています。
※上の写真は水俣市立袋小学校の卒業証書台紙。校章が透かしで入っています。

贈りかたにも贈りものにもストーリーがある

事務局:
袋小学校のお母さんのお話は、一枚の卒業証書のなかにも心がこめられたストーリーがあるというお話ですね。
金 刺:

そうなんです。
さらに、紙漉きに来る小学生の皆さんに話すんです。
この紙は和紙といって、とても長くもつ。あなたの人生よりも長い100年くらいは優にもつ。だからあなたの子どもや孫がこの卒業証書を見てお父さんお母さん、あるいはおじいちゃんおばあちゃんの歴史を感じるものになるよと。
みんなキョトンとしていますが、その良さがわかるのは大人になってからかもしれません。
例えば熊本県からご発注いただく表彰状台紙は藺草(いぐさ)を使ったもの、水俣市からご発注いただくものは竹を使ったものです。いずれもその地方自治体が考える伝統工芸と未来へのメッセージが込められています。
いまは長くもっても一人の人生分くらいというモノが増えてきました。
けれど日本人がやってきた暮らしはそんな単発で終わらせるようなものではなかったと思います。
伝統工芸のすばらしさは素材を大事に扱う価値。
そんな技で作った、孫子の代まで選んだ人・作った人・頂いた人の素晴らしさが伝わるような表彰状や卒業証書であればいいなと思います。 



取材・文章及び撮影 眞藤 隆次

ここから共通フッター